2007.2.14 やまぼうし
奈良 御破裂山・多武峰

 ■日時:2007.2.11(日) 曇一時雪しぐれ
 ■山名:御破裂山(607.7m) 多武峰(678.0m)
 ■場所:奈良県桜井市 2.5万 畝傍山
 ■同行:ハナミズキ
 ■ルート
  談山神社1230→神社取付き1305→談山1315→藤原鎌足公墓所1330
  →御破裂山三角点1340→西口1400→多武峰1435→西大門1500→談山神社1510
  Route Mapはここ

御破裂山から奈良盆地と大和三山を見る
建国記念日は私の誕生日で、毎年橿原神宮に参拝することにしている。帰路、大化改新の発祥地であり、けまり祭りで名高い多武峰(とうのみね)の談山神社(たんざん)を訪ねる。ここまで来たからには、というわけで御破裂山(ごはれつざん)から多武峰(とうのみね)を周回する。
「談山神社から御破裂山」
談山神社駐車場(無料)(標高490m)で直会で戴いた弁当をひろげる。目の前に音羽三山が屏風のように立ちはだかる。登頂意欲をそそられるが次回のお楽しみとして、談山神社へ向かう。

談山神社の本殿

御破裂山への階段
門前には2軒の土産物屋と観光ホテルがあるが、シーズンオフで人影はまばら。入山料500円を支払って、急階段を上り、本殿にお参りする。十三重の塔は工事中でシートに覆われてしまっている。けまり広場を下に見て、権堂横から御破裂山への階段を登る。

談山への石段

談山頂上566m
枕木を並べたような階段をジグザグに登って行くとT字路となる。右へ進み、石段を登ると談山(かたらいやま)566mである。談山神社の裏山にあたる。スギとアカガシの小さな広場には「御相談所」と書かれた石碑と「大化改新談合の地」の案内板が立つ。いわく、蘇我入鹿を倒すために、中大兄皇子と藤原鎌足がここで秘策を練ったと。にわかに信じがたい。


御破裂山 藤原鎌足墓所

御破裂山三角点

戻って左へ250mで御破裂山(618m)の藤原鎌足公墓所に突き当たる。山名の由来は、国家に不祥事があると、決まってこの山が鳴動することからだそうだ。裏手が展望所で、切り開きから奈良盆地の大和三山や二上山が見える。少し戻ったところから、車が十分通れる林道が上ってきている。三角点(607.7m)は林道脇の踏跡の奥にあった。墓所よりも低いところにある。

「多武峰」
 談山神社西大門に繋がる林道を下る。霰が激しく降り始め、林道途中の展望ポイントからの奈良盆地は白く霞んでしまっている。西口の民家横に出てきた。多武峰が正面に望まれる。

吉野への道と女人禁制石柱

歴史街道、下の道路は明日香へ延伸工事中

明日香石舞台から上がってくる道を右に見て、冬野に続く陸橋に差し掛かる。橋の袂に、左よしの、右たふのみねの道標があり、女人禁制の石柱が立つ。今は歴史街道としてハイキングコースになっているから通行は自由である。

冬野への峠道

冬野の名水

橋を渡り、スギ、ヒノキの植林地帯に入る。下草が刈られ、下枝が払われて手入れされているが、それでも山道は暗く鬱蒼として一人で歩くには心細い。途中に「冬野の名水」があり、地蔵さんが祀られていた。

左 竜在峠から吉野、右 多武峰(談山神社)、奥 明日香

冬野の民家

やがて標高650mの冬野の集落に着く。ここは、明日香と吉野の分岐点になっており、かつては吉野、大峯参りの宿場があったそうである。今も3、4軒の民家があるが、人の気配を感じない。民家裏山にある小さな神社の横から踏跡を上ったところが多武峰678mであった。持参の地形図には三角点マークがあるが、山名プレートが掛かるあたりは伐採木が転がるばかりで、それらしいものはない。(新しい地形図では三角点の記載はないことが判明)
(注)後日、読者からのご指摘で、
神社の手前、左側に畑があり、その畑の猪よけのトタンの柵に沿った細い路を登ると小さな台地になっている所にでますが、金毘羅さんの石碑と大きな銀杏の木のところに三角点があったとのことです(2007.11.12)。


多武峰ピーク678m

雪が激しくなり、辺りが白くなり始めたので、集落まで引き返す。竜在峠方面からハイキングのグループが上ってきて談山神社方面に下っていった。後を追うように、元の道を引き返す。

談山神社前通り

談山神社から音羽三山
再び陸橋を渡り、西大門から談山神社へ戻ってきた。雪も上がり、晴れ間が広がってきた。

(注意)道標の多武峰とは談山神社一帯の地名で、山名ではないので注意が必要です。神社の受付女性も、多武峰という山の存在はご存知なく、冬野の裏山といったら分かってくれた。

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