up 2013.2.16やまぼうし
武庫川 六樋を歩く
阪急小林駅〜武庫川左岸〜六樋〜分水点〜西武庫公園〜阪急武庫之荘駅
◇日時:2013.2.9(土) 晴れ
◇行先:武庫川六樋の探訪
◇主催:武庫川エコハイク
◇参加者:64名

六樋
行程:
阪急小林駅0930→武庫川新橋1010→六樋記念碑(1050〜1100)→第1分水地点1110→第2分水地点1117→髭の渡し(1125昼1200)→第3分水地点1210→源太郎橋1220→第4分水地点1240→西武庫公園(1245〜1300)→西武庫須佐之男神社1310→十七の橋1340→阪急武庫之荘駅1400
 歩 約8km
地図はこちら
-六樋とは-
 中世末から近世初期にかけて武庫川東岸の西昆陽村地内から上流から順に野間井(富松井)、生島井、武庫井、さらに下流の富松村地内に水堂井、常吉村地内に守部井、さらに西武庫村に大島井の6個の取水井堰が設けられ、尼崎地域西部の農業用水をまかなっていた。それぞれに井組(ゆぐみ)が管理をしていた。当時の武庫川は堤防も十分でなく各井間の水争いも多かったので、大正13(1923)年に着工された武庫川改修第2期でこれら6樋の合併工事が昭和3(1928)年に竣工した。この結果西昆陽村地内に取水地点が設けられ、6樋は廃止された。六樋は武庫川の伏流水を西昆陽で取水し、暗渠集水設備を設けている。(武庫川エコハイク資料より)

六樋水路図

「武庫川新橋」
 寒波襲来、阪神間に久しぶりの積雪があった翌朝、スタートの阪急小林駅に集合したのはスタッフと合わせて64名。今日の武庫川エコハイクは昔の農業用水「六樋」の跡を訪ねる歴史ハイキング。街歩きのためかいつもより参加者が多い。沿道の自然、歴史、伝承などを解説した案内書と25000分の1の行程図が配布されたが、予想外の参加者に数が足らない。映画「阪急電車」のポスターさながらの小林駅前でガイド氏から本日のコース説明を受ける。交通障害になるので、すぐに出発。
 長い行列は武庫川新橋を渡り、武庫川左岸に下りる。冷たい川風を予想して完全武装してきたが風もなく穏やかな日和で川面にカモが戯れている。六甲の山々はうっすらと雪化粧している。ガイド氏手書きの模造紙を広げて、昔の武庫川農業用水やこれから訪ねる六樋の説明を受ける。左岸を南下していく行くと、対岸に百間樋の取水口や水門が見える。これは競馬場の南側で西川、仁川の底を潜って段上地区へ出て西宮南部の農業用水として使われている。

阪急小林駅前

武庫川新橋下で六樋の説明

対岸の百間樋取水口
「六樋」
 天王寺川を渡り、その左岸を進んでやがて武庫川と合流するあたりに旧六樋取水口の名板が埋め込まれている。天王寺川から取水していたかのように見えるが当時の武庫川は幅広かったのであろう。すぐ横に集水場があり、堤防上の車道をトンネルで抜けて反対側から水が流れ出ている。ここが六樋の取水口出口である。現在、武庫川のどの場所から取水しているかは暗渠となっているためよくわからなかった。

旧六樋取水口付近 右は天王寺川

六樋集水場

六樋取水口出口
車道横の小広場に六樋合併50周年と70周年記念碑が立っている。碑文によれば、武庫川六樋を構成した各井組は中世末期から近世初期の創設だったらしい。幾多の水害、水争いを経て、武庫川大改修を契機に昭和3年に六樋合併工事が竣工したとある。昭和27年からは尼崎市が管理している。

六樋合併記念碑(正面50年碑、右70年碑)
「分水地点」
・第1分水地点
 取水口出口からコンクリートの一本の水路が武庫川堤防の外側に続いている。あまがさきホタルの里看板はこの水路にホタルが生息しているのであろう、鯉の姿も見える。すぐに第1分水点がある。幹線から2本の水路が分岐し、一本は野間井で西昆陽方面へ、もう一本は生島井で常松方面へ流下する。

第1分水地点(左:幹線、中:野間井、右:生島井) 下流からのビュー
・第2分水地点
 すぐ南に第2分水点があり、一本が武庫井で常吉方面に流下している。第3分水点までは時間がかかるので、堤防の内側にある髭の渡しで昼食とする。江戸時代の旧西国街道にあった渡しで、髭の老人が営む茶屋があったことからそう呼ばれていたという。下流に甲武橋が架けられる明治の終わりまで続いていた。この辺り数百万本のコスモスが植えられ、シーズンには多くの観光客で賑わう。神戸ウォーキング協会の武庫川ハイキングに出会う。阪神武庫川駅から逆瀬川往復の21kウォーキングには京阪神地区から、ざっと500人が参加していると幹事の一人から聞く。

第2分水地点(左:幹線、右:武庫井) 下流からのビュー
・第3分水地点
 昼食後は新幹線と甲武橋の間にる第3分水点を目指して歩く。ここで分岐するのは水堂井で水堂や七つ松へ流下する。

第3分水地点(右:幹線、左:水堂井) 上流からのビュー
「源太郎橋」
 幹線から離れて、第2分水点から流下する武庫井のほとりにある常吉源太郎橋へ行く。武庫井はここで4つに分水される。親水緑道として整備されていて水車が回っており、近くの方の憩いの場となっているようだ。東側を生島井が流れる。
「生徳(しょうとく)2年(1712年)武庫川の大氾濫で、常吉村は田畑が土砂で埋まりました。村人たちが途方にくれているとき、常吉源太郎さんは、一人で自分の田のあった辺りを掘り返し、土砂を武庫川の土手に運んで捨てました。砂の下から次第に田畑が現れるのを見た村人たちは、勇気付けられ、復旧に励んだと伝えられています」(尼崎市のページより)

源太郎橋
・第4分水地点
 再び幹線に戻る。この辺りは昔西武庫団地があったところだが、すっかり再開発され、こぎれいな住宅や新しいマンションが立ち並ぶ。西武庫公園にかかるあたりに最後の第4分水点がある。守部井が別れ、幹線は大島井となって南流する。以上第1から第4の分水地点で6つの井組に分かれたことになり、六樋を訪ねる旅は終わる。

第4分水地点(左:大島井(幹線)、右:守部井) 下流からのビュー
「武庫之荘」
 西武庫公園で休憩する。以前は交通公園とも呼ばれていた。子どもが小さいころ、遊びに来たことがあった。桜が見事であったことを思い出す。公園は県から尼崎市に移管されることになっており、信号や踏切が残っている公園はどうするのだろうか。隣の管理事務所も工事の幕に囲まれており撤去するようである。

交通公園跡

西武庫公園正面口
武庫之荘駅に向かって歩く。途中須佐之男神社に立ち寄る。武庫川左岸には治水の神様といわれる素盞鳴(須左之男)神社が8社ある。それだけ武庫川は暴れ川だった。境内の石造十三重塔は元応2(1320)年の銘があり県重要文化財。

須佐之男神社

石造十三重塔
西武庫商店街を通り抜けて、武庫之荘住宅地の水路に沿って駅に向かう。この辺りは昭和12(1937)年阪急電車により高級住宅地が開発された。今は雑然としてその面影はないが、水路に架かる一の橋から十七の橋が残っている。

旧分譲地内の水路に沿って歩く
 
十七の橋

一の橋、二の橋(武庫之荘駅前)
 本日の武庫川エコハイクは武庫之荘駅で解散する。道路や住宅開発で昔の用水路を探すのは大変だが、現在も田畑の灌漑用水として使われており、取水口から辿ってみると意外にきれいで、大切に維持管理されている事を知った。
記録作成に当たり「エコハイク武庫川」の資料を参考にさせていただきました。なお六樋について詳しくは山魚さんのページをご覧ください。詳細な調査報告があります。

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