up 2013.11.10/2013.12.18改定 やまぼうし
北摂 道場から鏑射山・光明寺・塩田八幡宮を歩く
◇日時:2013.11.4(日) 曇り
     2013.12.14(土)
◇行先:道場から鏑射寺・光明寺・塩田神宮
◇山名:鏑射山(327.0m)
◇同行:武庫川エコハイク スタッフ7人
行程:
道場駅0930→太福寺(0940〜0952)…中野古墳群0955…烏帽子岩1020…鏑射寺(1045〜鏑射山〜1115)…太陽と緑の道…展望台(1145〜昼〜1215)…光明寺(1255〜1330)…(旧国鉄有馬線跡)…鉄屋橋1400…塩田八幡宮(1425〜1440)…(宮前橋)…春日橋1453…生野橋1512〜道場駅1517 歩行12.2km
地図はこちら
「道場と太福寺」
 武庫川エコハイクの「太陽と緑の道/道場から光明寺、鏑射山を巡る」コースの下見に同行する。ところが千刈ダム西岸の道が落石で不通であることが判明し、急遽鏑射山から光明寺へ、そのあとは塩田八幡宮へ足を伸ばすことにする。やはり下見は必要である。(2015.1現在も通行止め)

 道場駅から東の踏切を渡り、左折して太福寺(たいふくじ)に寄る。福知山線から中風除不動尊の看板の良く目立つお寺だが実際に訪れるのは初めて。京都仁和寺を総本山とする真言宗御室派の寺で山号は三鈷山。聖徳太子創建、法道上人開基と伝えられる。本尊十一面観音菩薩像のほかに聖徳太子三歳像があり、ともに聖徳太子の作と伝えられる。毎年2月に行われる「雀のお頭」という行事は神戸市無形民俗文化財となっている。これから訪ねる鏑射寺、光明寺は、かつて太福寺の檀家であったが、鏑射寺は廃寺、光明寺は霊園業者の手に渡ってしまったと応接に出てこられた住職のお話である。
近くに中野古墳群がある。案内板によれば、中野古墳群は、鏑射山の南から西の麓に位置し、四支群に分けられている。いずれの古墳も直径19m、5m以下の円墳で、埋葬施設は片袖型横穴式石室と考えられており、須恵器杯や土師器椀、金環などが出土していて、これらの特徴から、築造年代は6世紀頃と思われる。
道場駅
道場駅
太福寺
太福寺
中野古墳群
 中野古墳群
「鏑射山」
 福知山線のガードを潜って、武庫の台ゴルフ場への車道を上っていく。柿がたわわに実り、路傍にセンブリの花が多い。坂の途中に数台の車が止まっているのはスポーツクライミングを楽しむ人たちのもの。1台の車から降りたったご夫婦に付いて、岩場に行ってみる。烏帽子岩と呼ばれるところでは数組のクライマーがおり、若い女性が登攀中であった。不動岩とともにクライミングのメッカである。

スポーツクライミングを楽しむ(烏帽子岩)

 駒形岩を望む
 
センブリ
 紅葉の始まったモミジの向うに真新しい立派な庫裡が見えてきた。真言宗のお寺で山号は独鈷山(とっこさん)。敏達天皇10(581)年、聖徳太子による開基。聖徳太子が伽藍を建てられた時鏑矢を奉納され鏑射寺と命名されたという。明治6年三田九鬼藩天誅組により放火され廃寺となったが、昭和40年代に再建されて現在に至る。本尊は大日如来。三重搭は昭和47年の建立で虚空蔵菩薩を祀る。摂津西国三十三箇所第10番札所。境内の池には縄文遺跡で発見した大賀ハスが育てられている。ご神体の鏑射山頂には鏑射寺城があったという。今は鏑射大権現が祀られている。三重塔の横からつるつるの岩の細道を登って行くと大権現の奥に三角点(三等三角点327.0m)がある。山名辞典によると鏑寺山(かぶらじ)というそうである。

独鈷山鏑射寺

鏑射寺本堂
 
三重塔(虚空蔵菩薩を祀る)

鏑射大権現

鏑射山三等三角点 
「太陽と緑の道」
 少し戻って、車道の途中から道標に従って太陽と緑の道に入る。「太陽と緑の道」は、人と自然のふれあいを図ることを目的に設定された神戸市の自然歩道。北区・西区を中心に27のハイキングコースがあり、総延長は約175kmに及ぶ。千刈ダム通行止めの貼り紙がある。補助ロープ付きの急降下で谷底に下りて再び登り返す。上は武庫の台ゴルフ場で、その縁を巻くように道がついている。歩く人は少ないのか、荒れ放題である。道に張り出す葉っぱや小枝を剪定ばさみで切り、倒木を鋸で伐採しながら進む。途中の展望台で昼食を摂る。本コース唯一の展望地で、眼下に武庫川と有馬川の流れ、遠く三田市街から北摂ニュータウン、六甲山地を望む。黒雲が迫り、天候が怪しくなってきた。

鏑射寺の太陽と緑の道道標

荒れた太陽と緑の道

展望台から三田、北摂ニュータウンを望む 左:有馬川、右:武庫川、中央:塩田八幡宮の森
展望地からさらにゴルフ場を取り巻いて歩く。ゴルファーの声が響く。ロストボールがあちこちに転がっているから頭上注意だ。展望地から40分、鏑射寺から1時間以上かかって光明寺墓地公園に到着する。2003年(平成15年)に訪れたことがあったが、開発が進み、墓石が増えた。平成17年のJR福知山線事故犠牲者哀悼之碑が新しい。

随所にロープ

武庫の台ゴルフ場のフェンス
「光明寺」
 光明寺は徳太子創建、行基開山といわれ、山号は五鈷山。本尊は薬師如来。もと真言宗の寺院であったが文化元(1804)年曹洞宗永平寺直末寺となる。平成8年4月に落慶した如意輪観音を祀る開基堂があるが、荒廃したままで、崩れかけた石垣と土塀、つっかい棒の山門が哀れを誘う。再建へのお願い看板は10年前と同じであった。紅葉の名所で兵庫県観光百選に名を連ねている。境内には不動滝、百畳岩がある。光明寺は「五鈷山」、鏑射寺は「独鈷山」、太福寺は「三鈷山」であり、聖徳太子ゆかりの寺として深いつながりがあったことが伺える。

紅葉の光明寺

墓地公園

不動滝

光明寺墓地公園入口
「旧国鉄有馬線跡」
 紅葉の境内を一巡りして、塩田八幡宮に向かう。もともと光明寺は辺鄙な山中にあったが、公園墓地のおかげで道路が整備され、三田からのアクセスが便利になった。車道を下り、光明寺墓地公園の門柱から出て山田の里に下る。山田川に架かる大前橋からは、田園風景に羽束山の姿が美しい。

山田の里大前橋から羽束山を望む(手前山田川)
桑原から福知山線の高架を潜り、下田中の鉄屋橋へ至る田んぼ道には旧国鉄有馬線の廃線跡をみることができる。圃場整備されずにカーブを描いた田んぼがそれである。国土地理院空中写真でもはっきりと廃線跡とわかる(2016現在ソーラーパネル設置)。旧塩田駅跡の民家は他の家が東西南北方向に並んでいるのに対して一軒だけ線路に沿った形で斜めに建っている。鉄屋橋を渡る。この辺りは曲折する旧武庫川を直線的に付け替えたところである。昔の武庫川・今の武庫川参照。武庫川の流れに鏑射山が丘のように見える。遍明院大師への道を行き、森を越えて南側に出る。

旧国鉄有馬線廃線跡 空中写真(国土地理院より)

塩田駅跡の民家 (有)エスワンさん宅

旧国鉄有馬線廃線跡(現在ソーラーパネル設置)

鉄屋橋

武庫川と鏑射山
「塩田八幡宮」
塩田八幡宮の創建年代は不詳だが、かつて塩田庄と総称される以前の創建で、すでに大同年間(800ごろ)には御年神を 祀る大歳神社として存在していようだ。その後、山城国石清水八幡宮より応神天皇・神功皇后・玉依姫の 御霊を勧請合祀するにいたり、石清水八幡宮の別宮として(塩田)八幡宮と称号するようになった。数次の戦禍を受けたが明暦3(1657)年三田藩主九鬼隆昌により再建され、九鬼家の崇敬を受けてきた。本殿は明暦3(1657)年九鬼家によって再建された。正面に千鳥破風・軒唐破風をつけた三間社流造で多彩な彫刻が各所にある。神戸市指定文化財。樹齢450年といわれるヒノキとヤマモモはご神木とされている。裏山は別宮山という城があったという(案内板より)。七五三詣りののぼりがにぎやかな150段の石段を上って本殿にお参りする。

塩田八幡宮参道

本殿
塩田にはかつて三田と有馬温泉を結ぶ旧有馬鉄道の駅があったが、神鉄三田線と競合し、戦時の昭和18(1943)年軍需輸送に無関係な路線とされ廃止された。付近で廃線跡をしのぶことができる。八幡宮に参拝して、道場に向かう。有馬川にかかる春日橋を渡り、左岸の桜並木を南下する。後日、宮前橋を渡り、右岸を春日橋まで歩く。武庫川との合流地点は有馬川が一段と高いところを流れて水流も強く、どちらが本流か分からないほどである。武庫川に架かる生野橋を渡ると道場駅は近い。

有馬川に架かる宮前橋から鏑射山を望む

有馬川をまたぐ春日橋

武庫川と有馬川の合流点(手前有馬川)

武庫川に平行、道場へ続く桜並木
2013.12.14(土)武庫川エコハイクの本番では一部コースを変更しているので、本文を一部改定した(が改定部分)。
やまぼうし

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