武庫川 藍本から広野まで

藍本〜曲り〜上本庄〜須磨田〜井ノ草〜広野

up 2013.12.29やまぼうし
■日時:2013.12.8(日) 天気 晴
■場所:三田市 武庫川流域(藍本駅〜広野駅)
     地形図 2.5万 藍本
■同行:武庫川エコハイクスタッフ 7名
ルートタイム
・藍本駅0935・・・酒垂神社0945・・・曲り1020・・・波田橋1045・・・駒宇佐八幡神社(1200〜1240)・・・本庄小学校1345・・・井ノ草正明寺橋1420・・・広野駅1520

Route Map

武庫川は藍本を過ぎるとヘヤピンカーブを描くように360°折れ曲がり、須磨田3山を大きく迂回する。このような曲流地形を穿入蛇行(せんにゅうだこう)というそうですが、今回は、藍本駅から広野駅まで武庫川に沿って約17kmを歩いてみました。

「藍本駅あたり」
 紅葉もほとんど終わった初冬の一日、1月に行われる武庫川エコハイク「藍本駅から広野まで歩く」の下見に、スタッフとともに歩く。藍本駅は無人駅だが、駅前には近畿自然歩道の案内板があり、シーズンには立杭の郷や虚空蔵山へのハイカーが乗降する。本日は誰もいません。藍本の地名の由来は、孝徳天皇647年が藤原鎌足に命じて藍の種子を本庄地区に蒔かれた。栽培地は相野、広野まで広がり、藍の本として藍本と呼ばれたという。駅前から旧丹波街道を南下していく。この辺りは藍本庄宿と呼ばれた昔の宿場町で丹波杜氏が酒造りの行き帰りに泊まったところ。江戸時代にはかなりの賑わいをみせ、本陣もあったいう。その面影は僅かに駅の北の通りに残っている。

藍本駅は無人駅

駅前 立杭の郷と虚空蔵山への案内

旧丹波街道 
 酒滴岩取付きを右に見て進むと霊水伝説の酒滴神社がある。古色蒼然とした佇まいは趣のあるものです。随身門に掛る算法額が目に留まりますが、江戸時代に数学者が難問題を解いた時に、神仏の加護によるものとして、計算方法を書いた額を奉納する習慣があったことによるもの。この額は「文化8年(1811年)波田村寅年の男」「下垣内市左衛門正矩」の墨書があり、県下最古の算法額で扇図形の応用問題の回答を載せています。道中の安全を祈願して、農道に出ると線路を挟んだ田んぼの中に県下最古の石鳥居(県指定文化財)がある。

酒滴神社

算法額

石鳥居(県指定文化財)と旧参道
「曲り」
 R176に架かる大安橋で武庫川に出会う。大安橋から上流の武庫川右岸にはコリヤナギの堤防が作られている。腰の柔らかい木が洪水で堤防をえぐられるのを防いでくれる。コリヤナギは豊岡名産の柳行李の材料と同じである。橋は渡らずに武庫川の右岸を下っていく。振り返ると虚空蔵山が紺碧の空にくっきりと浮かんで見える。相野あたりから見ると丹波富士ともいわれるように優美な形をしているが、こちらからはいくつのかの峰が重なって見える。昭和橋が近づくと桜並木が始まる。毎年4月に行われる武庫川さくら回廊の始まりです。昭和橋を渡り直進すると稲荷神社の鳥居が見えるが、そこは中世の豪族堀相模守の居館あとで、いまは曲公会堂となっている。南下してきた武庫川はここでヘヤピンカーブを描くように360°折れ曲がり北上する。集落の名前も曲という。何故こうなったか、地形が平坦で河川が自由に蛇行できる時代に、山地が隆起してできたものと思われます。このような曲流地形を穿入蛇行(せんにゅうだこう)というそうです。ちなみに、下流の武田尾渓谷は、流れが隆起に勝って下方浸食し、V字谷を形成した先行谷(せんこうこく)です。

虚空蔵山(左)と海見山(右奥) 昭和橋付近から

武庫川 曲

稲荷神社と堀相模守の居館跡(現在曲り公会堂) 
「波田〜岩倉」
 国道R176の波田橋を渡ると、左岸側に焼山(465m)の鋭鋒が見えてくる。右岸側は須磨田三山(遠城寺山(370m)、茗荷谷山(428m)、天神岳(440m))です。武庫川は両山塊の間をほぼまっすぐに北上し、やがて須磨田三山の天神岳を回り込み、今度は南下します。岩倉橋を左岸に渡り、岩倉集落の旧道を歩きます。曹洞宗五葉院からは焼山を仰ぎ見る格好になります。晩秋には全山が燃えるような紅葉に覆われ、まさに焼山の様相を示します。新道と合流したところに藍本浄化センターがあり、その横にお鶴淵の碑と松が植えられています。昔この辺りは深い淵となっていたようである。お鶴という娘が病弱な父親のために蜆とりに川へ入ったが、深みにはまって亡くなったことから、村人は哀れに思い川端に松を植えて”お鶴松”、大淵を”お鶴淵”と呼ぶようになったとのことです。この先の左岸の堤には猪除けゲートがあり、開閉して進む。正面に奥山が迫ってくる。山に向かって歩いているのに標高が徐々に下がっていくのは妙な感じで、藍本駅からはすでに10mぐらい下がっているのである。幡尻川に行き当たり、再び猪除けゲートを開閉して県道にでる。

波田橋から北上する武庫川と焼山

岩倉 五葉院

五葉院付近からの焼山

須磨田三山(手前から遠城寺山、茗荷谷山、天神岳)

お鶴松とお鶴淵碑 

正面は奥山

焼山(左)と西鎌倉山 右は幡尻川とうじもと橋
「駒宇佐八幡神社」
 武庫川が再び大きく向きを変えるところが駒宇佐八幡神社(上本庄)である。ここまで7km、約2時間の道のりである。昼食とする。駒宇佐八幡神社は応神天皇を祭神とし、現本殿は明和年間に、三田藩八代藩主九鬼隆邑と須磨田6カ村の浄財寄進により再建されたもので、神恩に報いるため宮建築の枠を尽くして建立されている。「百石踊り」は五穀豊饒ねがう雨乞い踊りで、県無形文化財に指定されている。1回踊りを奉納すると、百石の米や穀物に値する費用が必要であった事から名付けられたといわれている。長床を潜り本殿にお参りする。トイレは昔ながらのぼったん式で、扉を締めたら暗黒の闇、落ちないよう注意が必要です。

駒宇佐八幡神社前 

駒宇佐八幡神社 長床を潜り参拝

駒宇佐八幡本殿と舞殿(左)
「須磨田〜本庄」
 駒宇佐八幡から奥山川に架かる八幡橋を渡ると大音所(おおおんじょ)集落である。ここから幣之島(へいのしま)橋に出て一直線に南下する武庫川左岸を歩く。今度は右岸に須磨田三山を見る。左岸は大谷山である。この辺りはさくら並木は途絶えている。河川改修記念碑を経て賀谷橋を右岸に渡る。右手に須磨田の集落を見ながら弥之橋、吉田橋を経て生寶寺で武庫川は右手(西)に曲がる。生寶寺付近の武庫川右岸はサトウニシキなどサクランボの並木となっている。このサクランボは誰のものだろうか?

上本庄 幣之橋から大谷山と須磨田集落

須磨田 一直線に南下する武庫川(賀谷橋から)
 
上本庄大音所 河川改修記念碑
日之詰橋を左岸に渡る。この近くには武庫川上流で数少ない酒造会社「安井酒造」があり清酒「武庫泉」を製造している。大橋西詰に出て近くの本庄小学校前で小休止する。今日のコースはトイレが少ないので本番では学校のトイレを使わせてもらうよう交渉する。大橋を渡り右岸を下る。しばらく行くと竹藪で行き止まりで田んぼのあぜ道となってしまった。歩くことはできるが、私有地でもあり、団体では無理である。本番は左岸の車道を歩くことにして、我々はそのままあぜ道を進む。歩道橋を左に見て、再び現れた川土手を井ノ草正明寺橋に至る。乙ヶ瀬橋へ蛇行する川土手には桜が整然と植えられている。

東本庄 安井酒造

本庄小学校

 東本庄 竹藪の無名歩道橋

 井ノ草 正明寺橋から下流を見る

 正明寺橋下流  桜堤
「井ノ草〜広野」
 昭和橋を過ぎると、河岸段丘地形となり谷あいに田畑、段丘上に集落が形成されている。三田温泉病院あたりで、水管橋が武庫川を跨いでいるが、これはサイホン管で、母子大池からの水を段丘上の田畑にを供給している。広野駅が近づくと右手から相野川が合流してくる。脇ヶ田橋で相野川をわたり、R176、JR踏切を渡るとすぐに相野駅である。手元のGPSは歩行17kmを示す。万歩計は25000歩を超えた。
 
サイフォン橋

太田橋付近の武庫川

広野 相野川に架かる脇ヶ田橋

相野川

武庫川との合流点(左:相野川) 

参考資料:武庫川・かわまちガイドブック

関連ページ:武庫川さくら回廊を歩く 2009.4.12

やまぼうし

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