中国東北の旅

日時:2004.7.28〜7.31
行程:1日目 関空→大連→瀋陽(観光)
   2日目 瀋陽(観光)
   3日目 瀋陽→大連(観光)
   4日目 大連→旅順(観光)→大連→関空
参加者:10名(ツアー22名)
会社OBと現役組10名で中国東北地方(旧満州)は瀋陽と大連・旅順を巡る。ツアー催行人員不足、SARSと流れ、3年目でやっと実現する。折りしも、今年は日露戦争100年目に当たり、満州の都市を訪ね、旅順の戦跡を巡るツアーの人気が高いようだ。

瀋陽 その1
2004.7.28

1000 関空発
1105 大連空港着 時差ー1H
1200
1250 瀋陽着
1315 バス乗車
1400 瀋陽故宮 記念写真1000円,案内書40元
1530 張学良邸
1730 中山街
1850 レストラン発 餃子料理&地ビール
ホテル着 NEW WORLD COURTYARD HOTEL1113号







                 1.空路

 関空から大連経由瀋陽までANA便で3時間の道のりである。
韓国上空を横断し2時間で大連空港に着く。検疫厳しく、ペットボトルの水も専用検査台でチェックを受ける。空港周辺にはツートンカラーの真新しい低層住宅が整然と並び、滑走路横にはシートを被った軍用機が見える。これだけで十分異国気分だ。

写真は大連空港






              2.ガイド

 同じ便に再搭乗し1時間で瀋陽空港へ。さすがに満州で、緑の平原の真っ只中に着陸する。天候は曇りで靄がかかり見通しはあまりきかない。
現地ガイド男女2名の出迎えを受け人員点呼、総勢22名のツアーとなった。我々のほかには年配の男女、夫婦連れ、若い二人連れの女性と小学校まで奉天、大連に暮らしたという単身女性だ。

写真は瀋陽空港で出迎えのガイド氏






               3.瀋陽空港で

 大型バスに乗り、8車線の高速道路で瀋陽市内に入る。瀋陽市内のガイドはもっぱら女性の金さん。良くしゃべるが、発音から朝鮮系の出身だろう。クーラーの騒音が大きく声が聞こえない。中国らしい。

瀋陽は戦前は奉天と呼んだところで、中国東北三省 (黒竜江、吉林、遼寧)のうち遼寧省の省都で、政治、経済、文化の中心である。人口700万人、中国有数の重工業都市でもある。現在は車とコンピューターが産業の中心だそうだ。空港に東芝の看板が見える。

写真は空港からバスへ




                4.瀋陽の街

 市内は、バス、タクシ、自家用車、三輪車の騒音に溢れ、自転車やリアカーを引く男、上半身裸の作業者、街角には職を求めてプラカードを掲げた男達がたむろする。車優先で人を追い立てる。活気があるというのか、騒音と雑踏の町である。

町並みはスモッグに霞み、続々建設中のビル、マンションと一時代前のアパート群、バラックが同居する。日本で言えば戦後と平成が同居している感じだ。貧富の差は大きく、ガイドさんはエレベータ付きのアパートに住むことが夢だといっている。
なお、市内バスは1元(15円)、タクシーは3kmまでの基本料金が7元(105円)で、冷房付きは高くなるそうだ。

写真は瀋陽市内



                5.瀋陽故宮

 瀋陽は2000年の歴史を持ち、満州族王朝の中心地であった。
バスはそのまま最初の観光地瀋陽故宮に着く。市の東半分は清代の城内に相当する。その中心にある故宮は、満州族出身で清の初代皇帝となった太祖ヌルハチと、太宗ホンタイジが北京へ遷都するまでの皇宮であった。現在は博物館として一般公開されている。

6万uの敷地の中に、「崇政殿」(ホンタイジが政務を執った場所)、「鳳凰楼」(軍事の重要事を審議する建物)、「清寧宮」(ホンタイジの皇后が住んでいた建物)とその前にある他の4人の側室の部屋、「大政殿」(ヌルハチ時代に建てられ、皇帝が式典を行う場所)等がある。

*参考までに、明(1368年 - 1644年)、清(1644〜1911)、中華民国(1911〜1949)・中華人民共和国(1949〜)

写真は鳳凰楼






                6.故宮大政殿

 「大政殿」は八角形のモンゴル風の建物で、その前の広場の左右には「十王亭」がある。十王亭は、左翼王・右翼王(左大臣・右大臣に相当する)と「八旗(はっき)」の軍団長が政務を執った10の建物である。
城内の90あまりの建物は黄色ルリ瓦を戴いて美しく、満州族王朝の生活様式をうかがうことが出来る。
この前でツアー集合写真を撮る。¥1000は日本の観光地に比べれば安いが、品質はもうひとつだ。

写真は故宮の「大政殿」
                7.割り込み
 約1時間半の観光の後、出口で瀋陽名所案内書を買おうと並ぶ。ボーっと並んでいると次々に割り込まれて、なかなか買えない。
バス出発時間が迫り、もう諦めようと思っていたら、ガイドさんが呼びにきて、割り込んで(笑)買ってきてくれた。マナーも何もあったものではない。ここでは遠慮は無用だ。 入場料35元(530円)、案内書40元(600円)は中国物価からみるとかなり高価だ。

写真は大政殿前の十王亭広場

                8.トイレ事情

 余談になるが、今回ハナミズキは中国のトイレ事情が悪いというのでパスする。

たまたま今日の読売新聞を開いたら、北京ではオりピックを控えて市内の公衆便所7700箇所を取り壊したり、建直したりするそうである。扉やしきりがないのでニーハオ・トイレというのだそうだ。自宅にトイレがなく、日常公衆トイレを使用している人が多いという。首都北京でこの状態である。

ツアーで行くホテルや大都市の観光地はあまり問題はないが、地方の観光地はまだまだ整備が遅れている。

今回でも、列車トイレは小でもしゃがみ込み式だし、旅順のレストランの水洗トイレは扉はついていたが、水が出ないで往生した。
もちろんペーパーもない。

写真は瀋陽の街で、リアカーは結構多い





                9.張氏帥府

 故宮博物館のすぐ南に「張氏帥府」がある。張氏帥府は、奉天軍閥の首領で後に日本軍(関東軍)によって爆殺された張作霖(1875〜1928)とその長男の張学良(1901〜2001)の私邸及び公邸で1914年に建てられたものである。

1931年、満州事変によって張学良軍が関内へ追われると、関東軍が接収、満州国時代は国立奉天図書館として使われていた。 中庭を配したこの字型の私邸には張学良の抗日の歴史が展示され、観光客に一般公開されている。

写真は私邸入口で







              10.張作霖執務室

 張作霖の執務室を覗く。最初、本当に誰か座ってるのかと思って、ちょっとびっくりした。よくみたら人形だった。

写真は執務室






                 11.大青樓

 その横には3階建てのロマネスク風建築の大青樓がある。中国様式からうってかわった西洋建築だが中に入ると、調度の半分は中国様式のものである。その豪勢な外観からは、当時の権勢の大きさと一族の贅沢な生活ぶりがしのばれる。

写真は大青樓






                12.繁華街

 夕食までの間、瀋陽第一という中街を散策する。平日の夕方17時を回っているが、勤め帰りだろうか、若者で溢れている。携帯電話の派手な看板や牛丼の吉野家も見える。

写真は中街で





                13.レストラン

 夕食のためレストランに入る。奥の別室へ隔離される。暑いなと思ったら、冷房はお客が入ってからONする。メニューは瀋陽餃子料理である。1テーブルに10名が座る。

ビールは、中国全土的に有名な青島ビールは30元(450円)と高いので地ビール20元(300円)を頼む。一応は冷えている。これは観光客の値段で、地元生活者は5元程度らしい。
普段は缶ビール程度なので大瓶はしんどいと思ったが、料理が辛いのでどんどんはいってしまう。

写真はレストランの夕食メニュー


                14.ホテル

 瀋陽駅の正面通りにあるニューワールドコートヤードホテルに着く。とりあえず1万円を元に交換する。1元は約15円である。ボーイさんにはチップ不要と案内書にあるが、欧米人の客に習いポーターに10元を渡す。

ツインの豪華なホテルで申し分ないが、洗面所のミネラルウォーターのペットボトルはうがい用か飲料か分からない。冷蔵庫には別途25元(375円)の有料のペットボトルがある。タイのホテルで腹を壊したことを思い出して、日本から持参のペットボトルの水を飲む。地元のミネラルウォーターは信用できない。

デジカメのリチューム電池充電器を持参したが220Vと115Vの二股コンセントがあり、ほっとする。予備電池を持参したが、100枚ぐらいで電池切れになるので充電器は欠かせない。4日間の旅で約600枚を撮影する。

夜は皆が集まり、反省会をする。

写真はホテル

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